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インドの9月は、長いモンスーンの終わりとともにやってきます。何か月も続いた雨がようやく去り、洗われたような青空が広がる。インドの古い暦では、この時期から11月中旬ごろまでを「シャラド」と呼びます。日本語にすれば秋ですが、そこにある景色は、私たちが知っている紅葉と木枯らしの秋とは少し違います。
1年を6つに分けるインドの季節
アーユルヴェーダの古典では、1年を2か月ずつ6つの季節(リトゥ)に分けてきました。晩冬のシシラ、春のヴァサンタ、夏のグリーシュマ、雨季のヴァルシャ、秋のシャラド、初冬のヘーマンタです。季節ごとに食事や過ごし方の目安が語られ、それをまとめて「リトゥチャリヤ(季節の過ごし方)」と呼びます。
面白いのは、シャラドが「涼しくなる季節」ではなく、雨季明けの強い日差しが戻る季節として描かれている点です。古典では、この時期は3つのドーシャのうち「熱」をつかさどるピッタが高まりやすいとされてきました。日本の秋がよく「乾いて冷たいヴァータの季節」と紹介されるのとは、ちょうど対照的です。
祭りの季節としてのシャラド
北インドから東インドにかけて、シャラドは祭りの季節でもあります。9日間にわたって女神をたたえる秋のナヴァラートリが始まると、夜の街には音楽と踊りがあふれます。コルカタでは女神ドゥルガーの大きな像が街のあちこちにまつられ、人々は着飾って像を見て回ります。雨季のあいだ静かだった街が、いっせいに動き出すような季節です。
満月の夜とミルクのお菓子
シャラドの満月は「シャラド・プールニマ」と呼ばれ、特別な夜とされています。地域によっては、米をミルクで甘く煮たキールを器に入れ、月の光の下にひと晩置いてから家族で分け合う習わしがあります。空気が澄み、1年でいちばん月が美しく見える夜だからこそ生まれた風習なのでしょう。
月を愛でながら季節の食べ物を供える。日本のお月見とどこか似ていて、遠い国の話なのに親しみがわいてきます。
市場に並ぶ秋の色
雨季が終わると、市場の景色も変わります。祭りに向けて、家々の入り口を飾るマリーゴールドの花輪が山のように積まれ、黄色とオレンジの色が通りを埋めつくします。灯明に使う素焼きの小皿や、甘いお菓子を買い求める人の列もこの時期ならではです。
雨季のあいだに傷んだ壁を塗り直したり、家じゅうを掃除したりする家庭も少なくありません。長い雨のあとに住まいを整え、晴れやかな気持ちで祭りの季節を迎える。シャラドは、暮らしそのものを新しくする季節でもあるのです。
日本の秋の暮らしに重ねてみる
インドは国土が広く、同じシャラドでも、ヒマラヤのふもとと南のケーララでは空気がまるで違います。北の山あいでは朝晩に冷え込みが始まり、南の海沿いではまだ汗ばむ日が続きます。季節の名前は同じでも、人々はそれぞれの土地の空気に合わせて暮らしてきました。
インドの暦をそのまま日本に持ち込むと、気候がずれてしまいます。それでも、シャラドの過ごし方から借りられる発想はあります。
- 満月の夜は照明を落として、窓辺で温かいミルクや甘いものをゆっくり味わう
- 季節の変わり目を「区切り」として、部屋の片づけや衣替えをひとつの行事にする
- 暑さが残る日と冷える日が入り混じる時期は、その日の空気に合わせて食事を選ぶ
- 玄関に季節の花をひと枝飾り、家に帰ったときに秋を感じられるようにする
どれも特別な道具はいりません。大切なのは、雨季明けのインドの人々がそうしてきたように、季節の節目を「気づいて、区切る」ことです。忙しい毎日のなかで、季節はいつのまにか通り過ぎてしまいがちです。ひとつ小さな行事を決めておくだけで、秋はぐっと身近になります。
乾きや朝晩の冷え込みが目立つ日本の秋に、アーユルヴェーダの考え方をどう合わせるかは、アーユルカイの記事「秋はヴァータの季節」【リンク確認】で詳しくまとめています。
ここで紹介した内容は、インドの伝統や暮らしの紹介です。体調や持病、妊娠中・授乳中の方は、使用前に医師に相談してください。
雨のあとの空の高さ、月の明るさ、祭りのにぎわい。季節の名前は違っても、秋を待ちわびる気持ちはインドにも日本にも同じようにあります。今年の満月の夜は、少しだけインドの秋を思い浮かべてみてください。



